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野卯ミカ
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女性
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学生
趣味:
読書♪創作
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読むのも書くのも好きです。
【敬愛】敬称略
活字>>あさのあつこ/有川浩/京極夏彦/島本理生/西尾維新/よしもとばなな/他
漫画>>羽海野チカ/高尾滋/日高万里/他
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ナナリー、ゼロ。

ルルーシュは不在です。
前のサイトで載せていたものですが、激しくネタバレしています。
R2本編を最後まで見ていない方はご注意を。
引越しにあたり、少し修正しています。
 


 ◇



 天使みたいと、少女は笑い、
 悪魔はわたしだと、彼女は泣いた。




 

や さ し い 悪 魔






「あくまみたいだったって」
 幼い少女は身を乗り出し、愛らしい瞳をまあるく見開いて言った。
 少女の前には、やわらかく微笑む女性が座っている。
「おひめさまのおにいさまのこと、おかあさんがいっていたの。おとうさんも、あのひとのせいでしんでしまったって。だからほんとうはここにくるの、ちょっとだけこわかった」
 少女はそこで少し瞳を伏せ、またぱっと前を向く。
 くるくると表情を変える彼女に、女性の表情も自然と和らぐ。
「でもいまはへいき。だって、てんしさまみたいだもの」
 やさしくて、とってもきれい――。
 うっとりと瞳を細めて、少女は微笑む。
 女性はそこで恥ずかしそうに笑い、首を振った。
「そんな、大袈裟ですよ」
「ううん、すっごくきれいですてき」
 裏表のない少女の言葉に、女性は本当にわずかだけれど――。
 表情を、曇らせた。
 瞳に少し影が過ぎるほどの、小さな変化で少女は気がつかない。
 それを振り払うかのように、女性は少女に問いかける。
「あなたにも、兄妹がいますか?」
「うん。おにいちゃんがいるよ」
「まぁ、お兄様が?」
「すごくやさしいの。たまにおこるけど、でもいつもまもってくれるの」
 にこにこと話す少女の言葉に、女性は楽しそうに耳を傾ける。
 美しい瞳にわずかな悲しみが過ぎったことは、悟られないように――。
「そろそろ、お時間です」
 そのとき図ったように、背後から声がかかる。
「もっとおはなししたかったのに……」
 残念そうに呟いた少女に、女性は再び表情を和らげた。
 小さな手を取り、そっと握る。
「そんな顔をしないで。きっとまた会えますから」
「ほんとう?」
「ええ」
 女性の言葉に安堵したのか少女はにっこりと笑い、一礼して部屋を出た。
 残された女性は名残惜しそうに扉を見つめ、それからふっと息をついた。


 静寂の訪れた部屋に、窓から木漏れ日が落ちる。
「……疲れましたか?」
 気遣わしげにかけられた声に、ナナリーはゆるく首を横に振った。
 ゼロレクイエムから、すでに数年が経った。
 あどけなさの残る少女だったナナリーだが、今ではすっかり大人の女性へと成長した。
 毎日忙しく公務をこなしながらも、世間とのつながりを大切にしている。そのための活動のひとつとして開かれた皇室を目指し、公務の一貫として時折こうして民衆を招いているのだ。
「いえ、可愛らしくて楽しかったです」
 あどけない少女を思い出し、ナナリーの表情がやわらかくほどける。
 しばしの沈黙のあと、ナナリーはふっと息をついた。
「……気を遣わせてしまいましたね、ゼロ」
「え、」
 仮面の男――ゼロは、わずかに肩をこわばらせた。
 ナナリーは顔を上げ、壁にかけられた時計に視線を投げる。
「まだ少し早いですから」
 彼女の言葉通り、彼が声をかけたタイミングは予定よりも数分早かったのである。
「それは、その」
 ナナリーの言葉に、男は言葉を濁した。
 そんな彼に、彼女は少し微笑む。
 同じゼロでも、口が達者で嘘が上手かった兄とはまるで違う。
「……世間ではやはり、お兄様が悪魔なのですね」
 どうしようもなくやさしくて、たったひとりですべてを背負って逝ってしまった兄を思い、ナナリーの微笑みに悲しみが滲む。 
 今のナナリーと、変わらない歳だったというのに――。
 何も知らない子どもだった彼女はそんな兄を信じられず、挙句の果てに悪魔と罵った。
 兄は、振り向かなかった。
 彼がどんな顔をしていたかと思うと、今でもナナリーの胸はきりきりと締め付けられる。
「わたしは、天使などではないのに……」
 今のナナリーは、兄という犠牲の上に立って生きている。
 すべての憎しみを抱いて死んだ兄は、代りにたくさんのやさしさを置いていった。
 シュナイゼルをはじめとするナナリーを支えてくれるたくさんの人々、そして、ゼロという英雄を――。
 きれいなものもやさしいものもすべて、世界のために置いていったのだ。
 ――お兄様、愛しています。
 土壇場で気づき、投げた言葉が彼の耳に届いたかどうか。
 握り締めた手は、まだあたたかかった。ナナリーの知るやさしかった兄、そのままだった。数え切れないほどの人間を殺めた罪があるとは、とても思えなかった。
 俯いたナナリーに、ふとあたたかな手が添えられた。
「あなたが気に病むことではない」
 かけられた声の優しさに、はっと顔を上げる。
「ルルーシュ皇帝はちゃんとわかっていたと思います。最後に、彼は笑っていたから」
 静かな、ほんの少し悲しみの滲む声でゼロは言った。
 ああ、わたしはなんてことを――。
 ナナリーはふっと顔をゆがめ、添えられた手に触れた。
「……っ……」
 大切な友人をその手にかけて、誰よりも苦しんでいるのは彼ではないか。
 誰よりも強くて、やさしすぎる。
 いつまで自分は、彼のやさしさにすがっているつもりなのだろう。
「ごめんなさい」
 呟くと同時に、ナナリーの瞳から涙が零れ落ちた。
 本当は呼んでしまいたかった。
 慣れ親しんだ、彼の名前を――。
 しかしそれは許されない。
 彼らの誓いを、子どものわがままで崩すわけにはいかないのだ。
 すがっていた手を離して涙を拭い、ナナリーは微笑む。
「ありがとう、ゼロ」
「いいえ」
 少し安堵したような声で、ゼロは答えた。
 ああ、彼は笑えているのだろうか。
 幼い頃はいつも明るく笑い、いつもナナリーとルルーシュを守ってくれた。
 幼い頃は光をなくしていて、彼の顔を見ることができなかった。
 光を取り戻した今も、ナナリーは彼の本当の顔を知らない。
 ゼロという仮面が、いまや彼の顔なのだ。
 きっとこれからも、見ることはないだろう。
「わたしはまだ、子どもですが――」
 再びゼロの手を取り、ナナリーは語りかける。
「あなたの背負うものを、少しわけて下さいね」


 顔を上げて、歩いてゆこう。
 この世界には兄が残してくれた、たくさんのやさしさがあるのだから。
 お兄様、安心してくださいね。
 このやさしすぎる英雄を、今度はわたしが支えますから。


 ◇

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