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悪巧みをするときはすぐわかった。
美しい瞳が、いたずらっぽくきらめくから。
悪 戯 な 瞳 が み ち び く 先 に
「外は暑そうですね」
ナナリーが窓の外を見やり、呟く。
空調のよく効いたこの部屋は快適だが、外は日差しが強そうだった。
眩しそうに目を細め、書類に再び目を戻す。
日差しを見つめた瞳がどこか焦がれているように見えて、ゼロは少し複雑な気持ちで、そうですね、としか返すことができなかった。
ここのところ公務に忙しい彼女は、あまり自由に外へ出られないのだ。
皇帝亡きあと、彼女は彼の残したこの世界のために身を粉にする勢いで働いてきた。その甲斐あってか、ここのところ大きな事件は起きていない。慈愛に満ちたやさしい笑顔と、芯の通った立ち居振る舞いで公務をこなす彼女を支持する声は、いまだ大きい。
しばらく書類と向き合っていたナナリーだったが、しばらくしてふっと顔を上げた。
「ねえ、ゼロ?」
大きなバイオレットの瞳が、ゼロへ向けられる。
いたずらっぽく細められたその瞳に、悪巧みをしているときの旧友を見た気がしてゼロは内心ぎくりとした。
年齢が近づいたせいだろうか。
ここのところ、彼女に彼の面影をよく見る。
暑さに、浮かされているのだろうか――。
ここのところ公務が忙しいのは事実であるし、睡眠不足が続いている。しかし疲れているからと言って、気を抜いている場合ではない。まだまだ世界が完全に安定するにはほど遠いのだ。
気を引き締めなければ、とこっそり胸の内で意気込んだときだった。
彼女が、思いがけない提案をしてきた。
「少し、抜け出しませんか」
「え、しかし……」
「少しだけです。ね、お願いですから」
小首を傾げ、両手を合わせてお願いされると、どうも弱い。
ゼロは少し渋ったものの、最後には小さな溜息と共にこう返した。
「……少しだけなら」
「ああ、暑いですね」
強い日差しの下へ出たとき、ナナリーは眩しそうに片手をかざした。
車椅子では目立ってしまうために、ゼロが抱き上げて皇宮内にある小さな庭園までやってきた。久々に抱き上げてみれば、相変わらず彼女は羽のように軽い。
ゼロはナナリーを白く塗られたベンチへ下ろすと、自分はその背後へと立った。
「こういうの、久しぶり」
嬉しそうに微笑むナナリーに、ゼロは安堵し、無言で頷いた。
しばらく日差しを楽しんでいたナナリーだったが、不意に振り返った。
「ゼロ、お願いがあるんです」
「何でしょう?」
今日の彼女は、何やらお願いが多い。
こっそり苦笑しながら、ゼロは首を傾げた。
「あっちに咲いている、白い薔薇があるでしょう?」
そう言って指差した先は、少し先にある薔薇園だった。色とりどりの薔薇が栽培されており、ナナリーのお気に入りの場所のひとつとなっているのだ。
「あれを一輪、取ってきていただけませんか?お部屋へ飾りたいんです」
「しかし、ナナリー様をおひとりにするわけには……」
「わたくしなら大丈夫です。すぐ近くですし、最近お仕事が忙しくて、あまり庭に出られないでしょう。でもお花を飾ったら、お部屋が華やかになって気持ちが晴れると思うんです」
お願いします、と頼まれてしまったら、どうしようもない。
昔から、どうも自分は彼女のお願いに弱いようだ。
「何かあったら呼んでくださいね」
「ええ、もちろん」
手を振る彼女を残し、ゼロは足早に庭園を離れた。
駆け足で庭園を出る彼を見送って、ナナリーはぽつりと呟いた。
「これで良いでしょう?」
呟きは独り言にはならず、笑みを含んだ返事が返って来た。
「上出来だ。さすがはマリアンヌの娘、というところか」
垣根の影から、緑の長髪をゆるく結った女性が現れる。
「褒めてくださっているの?」
「さあな」
「まあ、いじわる」
いたずらっぽい瞳で見つめ合い、肩を揺らして笑い合う。
彼女たちは、どうやら初対面ではないらしい。
一方。
薔薇園へと辿り着いたゼロは、白い薔薇の木を目指して駆けていた。
早く戻らなければ――。
焦せる気持ちそのままに視線巡らせると、美しい白薔薇が視界に飛び込んでくる。
ほっと胸を撫で下ろし、木に駆け寄ったゼロだったが、
「遅かったじゃないか」
かけられた声に、ぎくりとその足を止めた。
焦りとはまったく別の理由で、心臓が早鐘のように暴れ打つ。一瞬引いた血の気が一気にほど走り、指先が小さく震えた。
まさか、ありえない。
すっかり動けなくなったゼロに、声をかけた本人は軽やかな足取りで近づいた。
「その暑苦しい仮面を取ってくれないか。こっちまで死にそうだ」
「……ありえない」
振り返ることができなかった。
嘘だ。だって彼は――。
腕を掴まれる。細い指、少し冷たい体温、忘れられるはずがない。
もう、だめだった。
「……ッ……ルルーシュ」
思い切り引き寄せて、胸へと閉じ込める。いとしげに呼ばれた名前に、紫色の瞳が痛々しく細められる。強い力に呻き声が漏れたが、ゼロは腕の力をゆるめようとはしなかった。
すがるように、いや、逃がすまいとして――。
「君って、人は……」
「完全に回復するまでに時間がかかってしまったんだ。でもよかったよ、お前の誕生日に間に合って」
「誕生、日?」
きょとんとした声で呟かれた声に、ルルーシュは呆れ顔で彼を見つめた。
「なんだ。やっぱり忘れていたのか」
仮面の解除スイッチを片手で探り、あっさりとそれを取り去ってしまう。現れたふわふわのくせっ毛と、眩しそうに眇められた新緑色のまなざしに、自然とルルーシュの瞳が細められた。
そして両頬に伝う涙をそっと拭い、呟いた。
「7月10日はお前の誕生日だろう」
「……ああ、すっかり忘れていた」
泣き顔のまま彼は微笑み、再びルルーシュを抱きしめる。
指の先が、震える。この手が、全神経が、何より心が目の前の彼を求めて暴れ狂っていた。
「本当にタチが悪いな、きみたち兄妹は」
震える声で攻め立てると、ルルーシュの瞳がいたずらっぽくきらめく。
「最高のバースデープレゼントだろう」
ナナリーと良く似たそれに、ゼロ――いや、スザクは苦笑した。
「ありがとう」
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