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何度でも、確かめることができる。
終 わ り な き 幸 福
白い指先に触れる。
そのまま指先を滑らせて、骨ばった手首に触れてゆっくりと脈拍を感じ取る。とくん、とくん、としっかりと脈打っていることを確認したのち、さらに胸元にそっと触れた。薄く筋肉がついているそれは、静かな呼吸音と合わせて上下している。
ああ、彼は今日も生きている。
ほうっと息を漏らしながら、いつくしむように頬を寄せた。
いつからかこうしてこっそりと小俱那の存在を確かめることが、遠子の習慣となっていた。
もう過ぎたことだ。
わかっていても、いまだに彼が消えてしまった日々を思い出すことがある。
体の中心を失ったかのような、途方もない喪失感だった。自分たちはあれほど長い間離れて生活していたというのに、小俱那を探していた日々と、世界のどこにも彼がいない日々ではまったく心持が違っていた。どれほど涙を流しても涙が枯れることはなかった。いないとわかっていても名前を呼ばずにはいられなかった。
あとを追うことだけはやめてほしい。
そんな小さな願いさえ、かなえてやれない気がした。
そんなことをぼんやりと考えていると、ふいに声が降ってきた。
「遠子、起きたの」
静かな声にうん、と返事を返すと、あやすように頭を撫でられた。
「ごめんなさい。起こしてしまった?」
「いや。遠子が泣いている夢を見て、慌てて起きたんだよ」
当然のように返した小俱那はするりと長い腕を伸ばし、難なく遠子を抱き込んだ。包み込まれているというのに、小さな子供が甘えてきているような心地になるから不思議だ。遠子は懸命に腕を伸ばし、小俱那の頭を撫でてやった。
「きみはぼくを呼んで、ひどく泣いていたんだ。いくつになっても、ぼくはきみの涙に弱い」
「大丈夫よ。泣いてなんかいないわ」
「本当に?よく見せて」
「ほら、ね」
頬に両手を当てて覗き込んでくる小俱那に、遠子は微笑み返しながら驚いた。
過去の悪夢に夢の中の遠子は泣きじゃくり、しきりに小俱那の名前を呼んでいたからだ。そんな小さな呼びかけさえも敏感に小俱那が感じ取ったことに、自分たちの並々ならぬつながりを実感した。
「あなたがここにいるんだもの。泣く理由なんてないわ」
悪夢は終わり、幸福だけがここにある。
小俱那はここにいて、いつだってこうしで自分を抱きしめてくれる。
そして自分は毎日だって、それを確かめることができるのだ。
「遠子のおかげだよ」
小俱那は囁き、遠子の豊かな髪に指を滑らせた。
「ここへいられるのは、遠子がいるからだ。遠子が泣いてぼくを呼んだから、ぼくは戻ってこられたんだ」
遠子は笑って小俱那の胸元に擦り寄り、ゆっくりと息を吸い込んだ。
いつから自分は、彼の香りでこんなに安心できるようになったのだろう。
ここに横たわる幸福は確かに現実で、そこに終わりはないのだ。
[1回]
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