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◇
きっと、おたがいさまなのだ。
病 床 フ ォ ト グ ラ フ ィ ー
「たいしたことないんだよ」
会うなり、田沼は小さく笑ってそう言った。
病床の彼に会うことは初めてだったので、夏目は不謹慎ながらものめずらしい気持ちで彼を眺める。
ぐったりと布団に身を沈めて、熱のためかどことなく眼差しがとろりとしている。しかしそれと反して言動はしっかりしていて、このように寝込むことに慣れているのだと、いつか言っていたことを思い出した。
「まだ少し熱が下がらなくて、念のために休んだだけなんだ」
「また休んでいるとは思わなかったから、少し驚いたよ」
多軌にもらった写真を持って田沼のクラスを尋ねのだが田沼の姿は見えず、今日は病欠なのだと伝えられた。
「少しはしゃぎ過ぎたんだろう」
子どもみたいで恥ずかしい、と田沼は苦笑する。
「でも楽しかったよ、おれも」
気遣いではなく、本心から言って夏目は笑った。
色々あって大変だったけれど、ああいうお祭り騒ぎは存外悪くなかった。なにより、夏目にとっては初めて本格的に参加した文化祭だったのだ。多軌にもらった写真の自分はひどく疲れ果てていたけれど、終わった今になれば楽しいことばかりが思い出されるのだから不思議なものだ。
心を許せる友人が、いる。
たったそれだけのことで、夏目の世界はずいぶんと変わった気がする。
「多軌に写真を預かったんだ」
夏目は鞄を探り、多軌に預かった写真を取り出した。
「写真?」
「そう。見たらきっと元気になる」
含み笑いでそう告げながら、田沼に手渡す。
手渡された写真を見たとたんに、田沼の顔が渋くなった。
「うわ……間抜け」
舞台裏で口を開けて眠っている、田沼の写真――。
思いがけず無防備な姿は愛嬌があって、一瞬彼に渡すか悩んでしまった。
「田沼って、もっと真面目なのかと思ってたけど」
笑いながらそう言うと、彼は苦笑いしながら反論する。
「結構怠け者なんだ。このあとクラスのやつらに叱られたよ」
だらしない自分の姿をみられたからか、田沼の声音が渋くなる。
「多軌もなんで夏目に預けるかなぁ」
「そりゃあ、友達だからだろう」
「それならおれだってそうだよ。こっそり渡してくれればいいのに」
悪意を感じる、と呟いて、田沼はがっくりと肩を落とした。
ひらひらと手で写真を玩んだあと、サイドボードにおざなりに置いた。
「夏目は、写真なかったのか?」
少しためらって、夏目は疲れ果てた自分の写真を田沼に見せる。
自分だけ見て、田沼には見せないのはフェアじゃない気がしたからだ。
「そういえば夏目のクラスはバザーだっけ?大変だったんだな」
くく、とおかしそうに笑って田沼が問う。
「これは終盤に撮られたみたいで、かなり疲れてるよ」
「給仕をやるなんて、少し意外だったな」
「頼まれたのを断れなくて……まあ、終わってみれば楽しかった気がするよ」
「もてもてだったらしいじゃないか。北本が言ってたぞ」
含み笑いでそう言われて、夏目は笑って苦笑した。
「そんなことはないよ」
「そんなことある」
ぽつりと呟く声がしたと同時に――。
「へ、」
不意に腕を掴まれて、引き寄せられた。
気づけばベッドに引き込まれていて、ひどく近い場所に田沼の顔がある。掌から伝わる熱はいつもより高く、心臓が跳ね上がる気がした。しかし逃げる間もなく口付けられて、顔を引き寄せた指で耳元をくすぐられた。
「ん、ッ」
唇から、熱が伝わる。
掌もずいぶんと熱かったけれど、たいして間を置かず進入してきた舌はその比ではなかった。寝込んでいる彼に、こんなことをさせてはいけない。確かにそう思っているのに、自分まで熱に浮かされる気がしてうまく抵抗できない。
それに上背があるためか、彼は意外と力が強いのだ。
しかし、やはり彼は病人である。
このままでは、まずい――。
「待、ん、ぅ……ッ……こら!」
唇の角度を変える一瞬の隙をついて、田沼の頭をぐい、と突き放した。
「はぁ……病人が、何してるんだ」
咎めるように睨んでやる。
すると田沼は自分でも驚いたように目を瞬かせたあと、ごめんと呟いた。
「正直、ひやひやしたんだ」
唇が触れそうな距離で田沼が呟く。
すがように見つめられた瞳に宿る色に、夏目は少しぎくりとした。
「誰かに取られたら、どうしようって」
「そんなこと、あるわけないだろう」
少し弾んだ息のまま反論すれば、田沼は小さく苦笑した。
「夏目は結構もてるんだ。少し自覚した方がいい」
心配だな、と呟かれて、夏目は眉を寄せた。
「そんなに信頼がないか、おれ」
「そうじゃなくて」
なだめるように髪に指を通され、くしゃりと混ぜられる。
「おれの前以外で、あんまり無防備になるなってこと」
頼むよ、と呟いて、ふっと瞳が閉じられる。
「田沼……?」
そっと頬に触れてみるが、反応はない。
あまりにも唐突だったので、眠ったのだと気づくまでずいぶんかかった。
「……そっちこそ」
夏目は少し拗ねたように呟き、夏目はそっとベッドから抜け出した。
あんな風に、舞台裏で寝ていたくせに――。
夏目だって、西村から聞いていたのだ。
――田沼って、結構もてるらしいぞ。
身長が高く容姿が整っていることと合わせて、少しミステリアスな雰囲気が女子にうけているらしいのだ。ただ、さっきの言いようからして本人にはそんな自覚はないようである。その上、こんな写真まで撮られているのだから心配なことこの上ない。
しかしさきほどの暴挙はどこへやら――目の前で無防備に眠る姿を眺めて、夏目は小さく苦笑した。
「今日は、おあいこってことにしとくかな」
そして田沼の布団をかけ直すと、そっと彼の部屋を出た。
...end
◇
091018