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皮を引き裂き、肉を抉り。
赤い血肉をすすり、骨をしゃぶり。
そうして、お前を――。
カ ニ バ リ ズ ム ・ ロ マ ン ス
「何を、ためらっているの?」
気丈な笑みでわたしを見上げ、彼女は白い腕を伸ばした。
細い指が、わたしの頬に触れた。使い慣れぬ己の指をそれに重ね、改めてその細さに驚く。
少し力を入れて握れば、簡単に折れてしまうだろう。
傷つけたくない。
確かにそう、思っているはずなのに――。
「あなたって、意外とグズなのね」
レイコは呆れたようにそう言って、自らスカーフを解いて落とした。
「おい、」
「うるさい、のろま」
白い首筋が美しく、闇に光るようだった。
細くて、血管の透けるようなそれに、わたしはますますためらった。鋭い爪はついていないにしろ、荒く扱えば簡単に破れて、赤い血が溢れ出してしまうかもしれない。
「お前は恐ろしくないのか」
思うがまま、問う。
「わたしは人間ではないのだぞ」
「そんなこと、わかっているわ」
「しかし」
「いくじなし」
レイコは溜息をつき、落としたスカーフを拾い上げた。
長い髪をかき上げ、再びそれを結ぶ。
「あなたがアヤカシなんて、ずっと前から知っているわよ。あなた、何のために苦労して薬を手に入れて、そんな姿でわたしの前へやってきたの?そうやってぐずぐずする姿を見せに来ただけなの?」
苛立った声で言い募り、レイコはくるりと背を向けた。
「それなら、ありのままの姿の方がまだいいわ。空を翔るあなたの方がずっと――」
人とアヤカシが交わるなど、本来あってはならない禁忌だ。
それでも、人間の姿へ化けられる薬を手に入れてここへやってきてしまった。
――斑さまであろうお方が、なぜ人間なんかの姿に?
薬をくれたアヤカシは、怪訝そうにそう問うた。
本当に、どうかしている。
たかが人間の少女相手に、こんなことを――。
しかし気づいたとき――。
わたしは手を伸ばしてレイコの腕を掴み、引き寄せていた。
美しい切れ長の瞳がぱっと見開かれる。
先ほど結ばれたばかりのスカーフを引き抜くと、いつもは白い頬が薄く紅色へ染まった。
まだら、と動いた唇を塞ぎ、そのまま茂みへ倒してしまった。
怯えているかと思いきや、レイコは満足げに微笑んでいた。
「できるじゃないの」
その微笑はこれまで見てきたどんなアヤカシよりも美しく、妖艶だった。
ああ、くらくらする――。
小さな耳に唇を寄せて、囁く。
「お前を食べてしまえたらと、いつも思っていた」
細い肩が小さく跳ねて、それでもレイコは気丈な声で、へぇ、と言った。
気丈で自由なこの娘を、どうすればわたしの中へ閉じ込めてしまえるだろうか。
白い肌を食い破り、赤い血肉を貪ってしまいたい。
これほど美しいのだ。
中もさぞ美しく、美味だろうに――。
露になった首筋に舌を這わせると、細い腕がひくりと震えた。
ああ、すべてがか細い。
掴んだ手首も、片手で支えてしまえる腰も――何もかもが。
人間とは本当に脆弱だ。
何千年も生きる我らとは違い、百年にも満たぬ時間しか生きられない。
こんな小さな手で何もかも手に入れようとし、守ろうとする。
愚かで、傲慢で――しかし。
「うまい、な」
白い肌を貪り、熱を上げてゆく体温を辿り、溢れる潤いをすすった。やわらかく、けれど弾力のある肌に触れ、時に食み、味わうように舐め上げる。
「あ、ああ」
小さな悲鳴が上がるたびに満たされるどころか、飢えは増す。
理性は焼き切れ、欲望だけが露になってゆく。重く
まるで、人だな――。
そう思い、くっと笑みが漏れた。
「ま、だら」
名前を呼ばれ、指が絡まる。
大きさは違えど形が同じそれは、きれいに絡まり、より強く体温を伝えた。
「レイコ」
呼んで、空いた手で髪をすいてやる。
そうすると熱に浮かされた瞳から涙が零れ、彼女はきれいに微笑んだ。
ああ、本当にどうかしているな。
月明かりの下で、レイコはどうしようもなく美しかった。
ああ、わたしはとうとう――。
夏目レイコを、食ってしまった。
...end