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お に ご っ こ
「あ、田沼」
「おはよう」
「おはよう……えっと、じゃあまた」
ぎこちなく微笑んで、夏目はすぐさま教室へ入ってしまった。
――またか。
田沼は肩を落とし、小さく溜息をついた。
どうも最近、夏目に避けられている気がするのだ。
「なんだかな……。うわっ!」
頭をかいた田沼に、何か軽いものが勢い良くぶつかってきた。
驚いて振り返ると、人懐こい瞳が田沼を映す。
「どうしたの?溜息なんかついて」
「多軌」
「夏目くんと何かあったの?」
――するどい。
会うなり核心を衝かれ、田沼はぐっと言葉に詰まった。
この女、まったくどんな目を持っているのだ。
「……別に、」
「夏目くんも、なんだか変だものね」
否定した田沼そっちのけで多軌は納得し、窓の外へちらりと視線を投げる。
グランドにちらほらと生徒が見え、その中に一際白く華奢な姿が見えた。
見間違えるはずもない、田沼を悩ませている張本人だ。
「変……?」
「田沼くん、何かしたの?」
怪訝そうな視線を投げる多軌に、田沼は溜息を返す。
「なにも」
覚えがない。
喧嘩なんてお互いの性格上めったにないし、嫌な顔をされた覚えすらないのだ。
避けられる理由があるとすれば――、
「また、アヤカシ絡みか……」
田沼がぼそり呟くと、多軌は目を瞬かせたあと、
「違うよ」
きっぱりと否定した。
「多分……ううん、絶対田沼くん絡み」
いやに確信のこもった口調で言うのだから、参ってしまう。
うっかり嫉妬して誤解してしまったほど、夏目と多軌は仲が良いのだ。
そして多軌は、恐ろしく勘が良い。
「なんでだ」
「アヤカシ絡みだと夏目くんは慣れっこだから、もっとごまかすのがうまいわよ。ただ、人間相手だとすっごく不器用になるのよ……特に田沼くんが絡むと、どうもね」
再びグランドへ視線を投げて、多軌は苦笑した。
どうすればいいのだろう。
肩を落とした田沼を見て、多軌は軽やかに笑った。
「聞いてみればいいじゃない」
「聞くって」
「なぜ避けるのか」
「でもそれは……」
「夏目くんが言い出すまで待つの?それじゃ、半世紀くらいは覚悟しないとね」
「……確かに」
多軌は楽しそうだが、田沼は本気で青ざめた。
グランドに視線を投げると、夏目が楽しそうにサッカーをしている。
――ああ、遠いな。
いつも以上に感じる距離感に溜息を落とし、田沼は力なく微笑んだ。
「ありがと。頑張ってみるよ」
「健闘を祈る」
そこで図ったようにチャイムが鳴り、二人はそれぞれ教室へ戻った。
放課後まで悶々と過ごし、やっとチャイムが鳴る。
さっさと逃げられてしまっては堪らない。田沼はさっと鞄を掴むと、飛び出すように教室を出た。
案の定、夏目はすでに昇降口で靴を履き替えている。
また、田沼を避けるつもりなのだろうか。
「夏目!」
田沼が呼びかけると、夏目はぎくっと肩を震わせて振り返ると、
「ごめん、今日は急いでるから」
ぎこちなく微笑み、靴を履き替えると走り出した。
避けた上に、逃げるなんて――。
ショックのあまり固まりかけた田沼だが、なんとか持ち直して走り出す。
「は、はぁ……」
「……なんで逃げるんだ」
体力がないのはお互いさまだが、ほんの少し田沼が勝っていた。
やっとの思いで近くの森で捕まえると、なおも逃げ出そうとする夏目をぐっと引き寄せ、近くにあった木へ押し付けた。
「いっ」
「何で避けるんだ」
「痛い、田沼」
身をよじって逃げ出そうとする夏目の腕をより強く掴み、引き寄せて問う。
「答えろよ。おれのこと、嫌いになったのか?」
「ちがっ、そんなんじゃ」
夏目は呻くように言って、うつむいた。
「悪いのはおれなんだ。田沼は悪くない」
「なんで」
しばらく沈黙が続き、田沼は辛抱強く待った。
どれくらい経っただろう。
やっとお互いの呼吸が落ち着いた頃、うつむいたままの夏目がやっと口を開く。
「……このままじゃ、離れられなくなりそうで。だって、おれは」
この町にいつまでいられるか、わからない。
藤原夫妻はいつだって優しくて、自分を本当の息子のように扱ってくれる。
それでも、やっぱり自分はあの家の人間ではないのだ。
――ヨソモノ。
そう言われて、何度突き放されただろう。最初は優しかった人たちも、ある日掌を返したように冷たくなる。そして幾日も経たないうちに、新しい家に預けられることになるのだ。
あんなやさしい人たちを疑いたくない。本当は信じたい。
けれど、幼い頃から根付いた猜疑心が硬く絡まり、ほどけてくれない。
「誰かに、依存してしまうのは」
「大丈夫だよ」
田沼の言葉に、夏目ははっと顔を上げた。
「……え、」
「藤原夫妻はお前を手放したりしない」
「そんなの」
わからないだろう、と呻いた夏目の唇を、田沼は強引に塞いだ。
手首を掴んでいた手を片方放し、白い頬に触れる。小さな耳に触れ、細い髪に指を通す。耳の裏側をくすぐると、細い背中が小さく震えたのがわかった。
ああ、こうして触れるのは何日ぶりだろう。
久々に触れる感覚に胸が熱くなり、暴走しそうになったが理性を総動員して必死に御する。
「俺だって、手放さない」
一度唇を離すと、田沼はきっぱりと言い放った。
やっとの思いで、触れることを許されたのだ。
今更手放すなんて、できるはずがない。
夏目の瞳がぱっと見開かれて、頬が染まる。
「ほんとかわいいな、夏目は」
笑みが零れて頬にキスすると、夏目はむっとしたように顔をしかめた。
「うれしくないぞ、それ」
そんな赤い顔で言われても、まったく迫力がない。
「かわいい」
「……ッ……んっ」
再び反論される前にまた、唇を塞いでやる。
夏目は一瞬抵抗する素振りを見せたが、しばらくすると田沼のシャツの裾をそっと掴んだ。上顎をくすぐり、小さな舌を絡めとってやると、ためらいがちにそっと応えてきた。
「はぁ、ぅんン、」
ときおりもれる声に、上気した目元に、理性が吹き飛びそうになる。
しかしここは往来で、薄暗いとはいえ人がまったく通らないとは限らない。
未練たっぷりに唇を離すと、夏目がとろんとした瞳で田沼を見上げた。
くそ、このまま押し倒してしまいたい!
「……無理だよな」
溜息を零した田沼を見上げ、夏目は不思議そうに首を傾げた。
ああ、可愛い。やはりここはこのまま――。
田沼の理性が再び揺らぎ、夏目の肩を掴んだとき、
「なーつめー!」
夏目を向かえに来たらしい、ニャンコ先生の声が響いたのだった。
end...
◇
090612 /091212
なんで書いたんだっけ……?←
田沼をじりじりさせるのが趣味みたいだw