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オリジナル恋愛長編 『 愛犬服従歌 』
第11話 【 クローゼットの夜に 】


※続きモノです!
未読の方はこちらから → 愛犬index

 
 




思えば最初から、勝ち目はゼロだった。





愛 犬 服 従 歌 





11 クローゼットの夜


一はもぬけの殻となった優姫の部屋へ入ると、古びたクローゼットに触れた。
数ある麻生家の屋敷から優姫が持って来た調度は、このクローゼットひとつだけだった。
――あの、夜。
麻生家に潜り込み、優姫の懐へ入り込んだ日、何も知らない優姫は一の傷を丁寧に洗い、器用な手つきで消毒を施し包帯を巻いた。伊達に医者の娘をやっているわけではないらしい。しかしそれをしている間彼女に満足そうな様子はなく、それどころか、一を見下ろす瞳はひどく無関心に見えた。
傷による発熱に浮かされながら、一はただされるがままになっていた。
――ゼンブ、壊ソウ。
朦朧とした頭にリフレインするのは、離れ離れになった姉の言葉ひとつだけ。
容赦してはいけない。
躊躇することは許されない。
壊してしまわなければ、終らせることができない。
この鎖を、完全に断ち切らなければ――何も変えられない。
しかし、闇雲に行うわけにもいかない。
タイミングを計っているうちに、一は優姫の部屋まで引きずるようにして連れてこられた。
そこにあったのが、このクローゼットだ。
大きなクローゼットはアンティークだろう、きれいだが使い込まれた雰囲気をまとって部屋の隅へずっしりと鎮座していた。鈍い音を立てて開いたクローゼットの中に詰め込まれていたのは洋服ではなく、大きなクッションだった。そして本来彼女が眠るべきベッドには、大きな熊のぬいぐるみが寝かされていた。
優姫は一をクローゼットへ放り込み、自分も内側へ入ってそのまま扉を閉じた。
「広い場所は嫌いなの」
だから、ここで眠るのだと、彼女は語った。
闇の中に、ふたり――。
優姫は不意に膝を折り、一の横へ横たわった。やわらかな掌がそっと一の頬へと触れる。呼吸が触れ合うほどの距離に、優姫の気配を感じた。
――今だ。
やるなら今しかない。
そう確信して腕を伸ばすと、
「ひどい目つき」
優姫は呟き、まるでぬいぐるみを抱くかのように、傷だらけの一の身体に腕を回した。
ぎょっとして、一は殺意の宿った腕の行き場をなくす。
「わたしも憎い?」
そんな一を知ってか知らずか、優姫は一の痩せた胸板に頬を摺り寄せ、甘えるように寄り添った。ほのかに香る甘い香りと、痩せているのにやわらかな奇妙な感覚に動揺する。
同じ生き物とは思えない、あまりに異質な感覚――。
「憎んだって、恨んだって」
絡めるように首に腕を回され、耳元で彼女は囁く。
「あんたはわたしのものよ」
ぶつけられた言葉に、一は瞳を開く。
抱きすくめられているために、彼女の顔は見えない。
「傍にいなさい。好意なんかいらないから」
きつく命令する口調であるのに、自分を抱く腕は小さく震えていて――。
今にも泣き出しそうに、思えた。
「絶対、裏切らないで」
結局、一の両腕は宙を掴んで、そのまま落ちた。
なぜなら、不意に悟ってしまった。
ああ、彼女も同じだ。
だから、落とした腕をそのまま持ち上げて、細い背中へそっと回した。
首に回った腕の力が強まったのは、気のせいかもしれない。
たとえ、気のせいでも構わなかった。
このやわらかな鎖になら縛られていいと、思ってしまった。 
そうして、一は自ら自由を諦めたのだ。


彼女の傍こそ、自分の生きるべき場所であると――。


そしてそのまま、数年ぶりにクローゼットで眠った。
使い古されているけれど手入れのされたクッションには、まだ優姫の気配が色濃く残っていた。おそらくまだ、ときどきあのクローゼットで眠っていたに違いない。
しかし、優姫は神楽坂へこのクローゼットを持っていかなかった。 
もう、必要ないということなのか。
――それとも。
これが、すべて捨てゆくということなのか。
唯一の逃げ場すら置いて、この先どうするというのだろう。
すべてを壊して手に入れた自由さえ、彼女のためなら捨てられた。あそこにいられるなら欲しいものは何もなかった。あの場所はそれほどに一を満たし、狂わせた。
ずっとあのまま閉じ込めて、捨てるくらいなら殺してくれればよかったのに――。


「辛気臭いわよ」
降ってきた声に眼を開けると、呆れ顔の籐子が仁王立ちしていた。
「今にも捨てられた犬みたいな顔してさ」
「捨てられたんだ」
「どうだか」
苛立ちを露に吐き捨てると、腕を振り上げて一の顔に何か思い切り投げつけた。
「いて……」
投げつけられた巾着の柄には見覚えがあり、目を丸くした一はそれを拾った。
それは、家政婦の佐藤がいつも弁当を包む巾着だったからだ。
巾着を開くと、たくさんのおにぎりがアルミホイルに包まれてぎっしりと詰め込まれていた。
「佐藤さん、わざわざ持ってきたわよ。あの一さんが夕食も朝食も食べなかったってね。バカに食欲がないと心配で堪らないみたいだから、とりあえず食べなさい」
「でも」
「これ以上つべこべ言ってると無理矢理口に突っ込むわよ」
本当にやりかねない形相で籐子が言うものだから、一は渋々おにぎりをひとつ手に取る。
齧りつくと、一の好きな焼き鮭がぎっしりと詰め込まれていた。
佐藤はおにぎりを握るときふりかけなどは一切使わず、惣菜や漬物をぎっしりと詰め込む。硬すぎず、やわらかすぎない加減で握られた米にはちょうど良い塩梅で塩が混ぜ込まれており、おにぎりひとつにも手を抜かない彼女の姿勢が窺えた。
優姫は、ちゃんと食べているのだろうか――。
ほとんど無意識にそんなことを考えて、一は思わずため息をついた。
一個頂戴と、籐子も巾着からおにぎりを取り出してかぶりついた。
「あんたさぁ、姫に手ェ出してやろうとか思わなかったの?」
「なんでだよ」
「一応健全なオトコノコなんでしょ。姫を見て一回でもムラムラしたことないわけ?」
「ない」
すっぱりと言い放つと、一は二つ目のおにぎりにかぶりついた。
「主人に手を出す犬なんていないだろ」
「それがわかんないの。何だかんだ言ってあんたは人間じゃないの」
「触ると壊れるだろう」
「は?」
おにぎりを食べる手を止めた籐子は、訝しげなまなざして一を見た。
「どういうことよ?」
「犬として傍にいると約束した。絶対に逃げたり、裏切ったりしないって約束したんだ。」
あの夜、震える声で命じられた言葉を忘れない。
絶対に裏切らないと決めた。
彼女が求めているのは、愛ではなく忠義だった。
「バッカじゃないの」
籐子はばっさりと言い捨て、またひとつおにぎりを手に取った。
「あの子、本音が言えないのよ」
「わかってるよ」
「どうせ捨てられたんだから、犬なんかにしがみつくのはやめなさい」
籐子は立ち上がり、スカートの埃をはたきながら言い放つ。
相変わらず、手厳しい。
「所詮、お互いタダの人間なんだから」
そう言い捨てて、籐子は屋上から出て行ってしまった。
そうだ。
本当はわかっている。
お互い二本足の、両手を持ったただの人間であることなんて――。
「わかってるよ」
呟くように繰り返し、手の中のおにぎりを見つめる。
優姫が何よりも大切で、守りたくて、他には何もいらなかった。
けれど、手に入れたいだとか、触れたいだとか、そういう感情がどうしても持てない。
――愛シテハイケナイ。
優姫に手を伸ばすたび、脳裏で響く何かがある。
この手に残る血の残り香が、そうさせるのか。
釈然としないまま、一はいつもより少しだけ塩辛いおにぎりを口に押し込んだ。


「……うふふ」
仄暗い部屋に、少女の声が響く。
きい、きい、と回転椅子が回転する音と共に、少女の笑い声がかすかに零れた。
真っ白な壁に、真っ白なデスクと椅子――病的なまでに、白で満ちた空間にはひとりの少女が座っていた。デスクには大量の書物が積み上げられ、少女の手元には子どもが使うような分厚い落書き帳が抱えられていた。落書き帳にボールペンで何やら休みなく書き込んでは、それを千切って床へ捨てる。
そして時折、思い出したようにデスクの中央へ据えられたパソコンへ何やら打ち込む。
それらの動作を機械的に繰り返しながら、少女は笑う。
「孤高デアレ」
歌うように呟いて、少女はまた紙を千切って捨てた。
「恋二惑ウコトナク、愛ニ堕チルコトナカレ」
そしてまた、書く。
「我ラコソ唯一デアリ、絶対デアル」
きい、と一際大きく椅子が軋んだ途端、飛び降りるように少女は床へと降りた。
腰の下ほどまで伸びたやわらかそうな髪とは裏腹に、前髪は眉の上で短く切り揃えられていた。やせ細った手で白い壁に触れ、はるか頭上に見える光取り用の窓に見えた月を見上げて少女は微笑む。
「……ばかばかしい呪い。でも」
慈しむように、澄んだ瞳が眇められた。
「きみには強力すぎたかな?」
問いかけは、薄闇へと溶けて消える。
そして少女は月明かりをしばし浴びて、また回転椅子へ戻った。
「ゆーびきーり、げんまん……」
口ずさむ歌が闇に溶ける。
再び回転椅子は、回り始めた。
きい、きい、と――。
夜を徹して、回り続けた。






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