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野卯ミカ
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読書♪創作
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読むのも書くのも好きです。
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オリジナル恋愛長編 『 愛犬服従歌 』
第9話 【 終焉こそ始点 】

※続きモノです!
未読の方はこちらから → 愛犬index






 終わりこそ、すべての始まりなのだ。





愛 犬 服 従 歌






09 終焉こそ始点





「ぼくらは一緒にいてはいけない」 
 少女は微笑んで、少年の手を離した。
「どうして?」
 少年が不思議そうに、そしてどこか悲しそうに呟くと、彼女は当然のように言い放った。
「同じ悲しみを抱えているから」
「同じじゃだめなの?」
「だめだよ」
「……どうしても?」
 少年は一度離れた手を強く握り、今にも泣き出しそうな顔で問いかけた。
 少女は一瞬つらそうに瞳を眇めたが、小さく息をついてまた微笑む。
「このままじゃ、ふたり一緒に悲しみに呑まれちゃうだろう。ぼくはきみの顔を見るたびにあのことを思い出してしまうし、きみもぼくの顔をみるたびに思い出してしまう。そんなのはだめだよ」
「でも大丈夫。いつかこの悲しみを乗り越えられたとき、きっとぼくは戻ってくるよ」
「本当に?」
「うん。約束する」
 ふたりは小さな指を絡め、指きりげんまんをした。
 さびしさや悲しみを吹き飛ばすために、わざと力強く歌い上げた。
「これは、別れの儀式だ」
 少女は呟き、にっこりと微笑んだ。
「いままでの苦しみは、すべて今日のためだった。ぼくらは力を蓄えた。いや、蓄えられた……というべきか。今こそそれを、使うときだよ」
 再び二人の手が、視線が絡まる。
 少年は痛みを堪えるように瞳を閉じ、少女はゆっくりと息をついた。
「さあ、終わりのはじまりだ」
 少女はゆっくりと、傍に置いていたパソコンのキーをタップした。
 途端に部屋中に警報音が鳴り響き、それを合図に少年は床を蹴って駆け出した。
すべてはここから。
  白い部屋の、終了とともに――。




 さ よ う な ら 。




「……さようなら」
 あれは夢か、現実か。
 かすかにぼやけた視界に映る時計には、午後7時より少し前――。
 どうやら、眠ってしまっていたようだ。
 あれから、十年が経った。
 それでも。
 それでも、尚――。
 傷は乾かないまま、この胸にぽっかりと穴を開けている。
 彼女とは、あれから一度も会っていない。
 一はベッドで寝返りを打ち、枕元に置かれていたハンカチに触れた。
 あの日すべてが終わり、そしてすべてが始まった。
「何も、変われなかった……」
 あの部屋から逃れれば、すべて捨てられると思った。
 新しい自分へと生まれ変わり、何事もなかったかのように、キレイなふりをして生きられると勘違いしていた。どれほど過去を振り払おうとしてもそれは、自分の背中へ、足元へ貼りついて離れてくれない。絡み、まとわりついて囁き続ける。なのに
 ――その手で、何を得られる?
 血の匂いは、いまだ消えないまま――。
 一は瞳を眇め薄暗い部屋で両手を見つめた。
「何も……」
 すがるようにハンカチを掴み、祈るようにそれを掲げた。
「得る資格なんか、ないな」
 そのとき携帯電話が鳴り、着信相手を見て一は顔をしかめた。
 数秒のためらいがあったが、それでも通話ボタンを押して耳を当てる。
「もしもし」
『あんた、どうしたいの』
「どうって、突然なに」
『姫のことよ。どうするつもりなの。いつまでふざけてるつもり?どんだけへたれなのよ。いい加減イライラするわ。とっととどうにかしなさいよ』
「ちょっと待て、桐島。話が見えない」
 桐島籐子は明らかに苛立った口調で、一方的に一を詰っていた。
 いったい、どうしたというのか。
 彼女は率直で感情的な部分があったが、こんな風に相手の事情もよく知らないまま他人を詰ることなど滅多にない。
 ほんの少しの沈黙のあと――。
『……優姫がおかしいのよ』
「そうだな」
 一が肯定するとため息が聞こえ、桐島籐子の苛立った表情が脳裏に浮かんだ。
『絶対あんたのせいよ』
「はぁ?なんでだよ」
『知らないわよ。女の勘』
「お前な……」
『どうして犬なの』
「今更、それ言うのか?」
 一が乾いた笑いを漏らすと、携帯電話を持っていない方の手でハンカチを掲げた。
 上品な白いレースで縁取られた、少女趣味なそれ――。
 端の方には、ほんのり赤黒い染みのようなものが見えた。
『優姫を対等に、一人の女として見てやれないの?』
 相変わらずの率直さに、一は思わず苦笑した。
『何笑ってるのよ』
「最近同じようなこと言われた」
『誰に?』
「真哉さん」
『ふうん……なんであいつがそんなこと言うの?』
「知らない。俺が聞きたいよ」
 ――はらり。
 ハンカチが、手から零れ落ちる。
「なんでこのままじゃだめなんだ……」
 一の顔にハンカチがかかり、一はくぐもった声で呟いた。
 成長していない。
 いや――したく、ない。
 だが、それがなんだ。
 このままじゃなぜいけない? 
 顔にかかったハンカチを握り締めると、一は再びそれを掲げた。
 レースが風に揺れ、視界の端に染みがちらつく。
 携帯電話から、くすりと笑い声が零れた。
『優姫も同じように言ってた』
「優姫が……?」
『わたしは今のあんたたちが悪いなんて思わない。でもね、ポチ……」


 永遠なんて、どこにもない。


 そのとき扉が開き、一ははっとして起き上がった。
 開いていた扉がゆっくりと閉じ、そこ立っていたのは――。
 いつもよりずっと白い頬をした、優姫だった。



 ◇

 

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