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オリジナル恋愛長編 『 愛犬服従歌 』
第3話 【 絶対的境界線 】
※続きモノです!
未読の方はこちらから → 愛犬index
◇
触れないんじゃなく、触りたくない。
愛 犬 服 従 歌
03 絶対的境界線
「お前さ、このままで良いのか」
友人の言葉に、一はきょとんとして首を傾げる。
「このままって?」
クラスメイトの松山浩太は、一の机に腰掛けて、ぐいっと後ろに反り返った。無茶な上に危険な体制だったが、一はさして気にするようすもなく雑誌に視線を落としていた。
見出しには、『本音調査!クリスマスに欲しいもの』とある。
紙面にはクリスマス限定コスメやら、お高いコートやら、アクセサリーやらがずらりと並んでいる。品数の多さと値段の高さに眩暈を覚えながら、一は根気強くそれらを確かめていった。
去年のクリスマス――寒がりな主人のために腹巻をプレゼントしたら、デリカシーの欠片もないと思い切り罵られたためである。
優姫は進路のことで担任に呼ばれたらしく、教室を出ていた。
「だから、このままお姫さんのイヌで良いのかってこと」
浩太の問いかけに一は視線を上げ、すっと瞳を細めて笑みをつくった。
どこか悟ったような、大人びた微笑みである。
「何だよ。何がおかしいわけ」
むっとしたように顔をしかめた浩太に、一は再び雑誌に視線を落として答えた。
「別に俺は、優姫の恋人になりたいなんて思わない」
「は?」
「このポジションを、自分で選んだんだ。別にここから発展させようとか、そんなこと思わないよ。むしろ今のままがいい」
一の返事に浩太は絶句し、すばやく雑誌を奪い取った。
「何するんだよ」
顔を上げた一の顔を見て、浩太はにやりと笑った。
「ははぁ……お前、そういう趣味だったわけね」
「趣味?」
「あれだろ?鞭とか縄とか使ってんだ?女王様と犬で主従プレ――、いてぇ!」
一がすばやく雑誌を奪い返し、そのまま浩太の頭を叩いたのだ。しかも表紙部分ではなく、角の部分である。頭を抱えて蹲った机に伏せた浩太を冷たく見下ろし、一は再び雑誌を開いて視線を落とした。
「何すんだ!」
「うるさい。お前が失礼なことを言うからだ」
「なんだよ、違うのか」
「断じて違う」
再び雑誌を開いて、一は小さく溜息をつく。
「優姫とは、そんなんじゃないんだよ」
浩太に言ったことは、すべて事実だ。
今以上、優姫との距離を縮めるつもりはまったくない。呼ばれたら飛んでいって、困っていたら助けて、傍にいるだけでいい。必要以上に近づいて、ましてや触れたいなんてまったく思わない。
恋愛なんて、そんな不確かなもの――。
「……ごめんだな」
「ん?何か言ったか?」
「いいや、何も。それにしても優姫……遅いな」
一はちらりと腕時計に視線を落とし、首を傾げて立ち上がった。
「ちょっと見てくる」
「……従順なことで」
廊下を飛び出し、階段を一段飛ばしで下りる。
しかし昇降口までさしかかったところで、一は急停止することになった。
「戌亥先輩!」
昇降口に差し掛かったところで、叫ぶように呼び止められたのだ。
振り返ると、靴箱の傍に、緊張した面持ちで立ちすくむ女子生徒が立っていた。高く結い上げたまっすぐな髪と、意思の強そうな力強い瞳には見覚えがあった。彼女は律儀にこんにちは、と挨拶をすると、固い口調で話し始めた。
「わたし、1年C組の佐伯智子です。先輩は覚えていないかもしれないんですけど」
一は可愛らしい赤い縁の眼鏡をしげしげと眺める。
「もしかして去年の入学式の日、会った子かな」
そして拙い記憶を辿って自信なく尋ねると、少女はぱっと顔を上げた。
「覚えていてくれたんですか」
「うん。入学式で迷子になってたサエキさん」
一の言葉に、少女――佐伯智子の頬がかっと赤くなる。
「あのときは、ありがとうございました」
入学式の日、校舎内で迷っていた智子を一が体育館まで案内したのだ。涙目で慌てていたところは、とても見ていられなかった。気まぐれに助けたのだけれど、半年近く経ってわざわざ礼を言うなんてなかなか律儀な子だ。内心感心しながら、一はにこりと笑った。
「いえいえ。何か用?」
「その、えっと……」
智子は少し口ごもったが、すぐさまぐっと顔を上げて告げた。
「わたし、あの日からずっと先輩のことが好きです」
「へ?」
頬を赤く染めて、まっすぐな瞳で射抜くように一を見つめる。
「戌亥先輩、わたしと付き合っていただけませんか?」
◇