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笑顔だとか、真剣な顔だけじゃなくてさ。
怒った顔や、困った顔。
泣きそうな顔だって、そう。
見てみたいんだ。
だからお願い。
全部、見せてよ。
年 上 の 君 は 、
前 編
俺の彼女――中條カナはひとつ年上で、いつどんなときでも冷静だ。
はじめて手を握ったときも、いきなりキスをしたときも、目を開けるといつもどおりの表情で、彼女はまっすぐに俺を見つめ返していたのだった。
驚いて目を瞬かせると、なぜそちらが驚くのか、と首を傾げられる始末である。
そんな彼女に惹かれたのは確かだ。
いい加減な問題児だった俺が彼女の視界に入り、落とすまでそれはそれは大変だった。
とりあえず、そんなことはいいとして――。
驚いた顔が見たい。
怒った顔が見たい。
泣き顔さえも――。
見てみたいと思うのは、わがままだろうか。
「……ユウタ、ちょっと痛い」
静かな訴えに、はっと我に返った。
片手で簡単に握りこめてしまう細い手首はあまりにも頼りなくて、少しでも力を込めれば折れてしまいそうで怖かった。だからいつも優しく触れていたのに、今はめいっぱい握り締めてしまっていた。きっと痛いだろう。
そう思った心とは裏腹に、口からは意地悪な言葉が零れ落ちた。
「こんなの、序の口だよ」
俺も男だって、わかってるくせに――。
そう耳元で囁くと、彼女の細い肩が小さく震えた。
「そりゃあカナさんの方が大人だし、頭もいいけどさ。俺だってやろうと思えばカナさんを好きにするのなんて、難しくないし」
首筋から甘い香りがして、何気なく首筋に噛み付いた。
「……っ……」
今度こそ声にならない悲鳴と共に、カナの肩が大きく跳ね上がった。
噛み付いたまま、ぞろりと舌を這わせてやる。
じっくりと、味わうように――。
ガゼルの首筋を捕らえたライオンは、きっとこんな気持ちだ。
「待って……!」
彼女の肩が小刻みに震えているのは、きっと快感じゃなく、恐怖のせいだ。
なんて、子どもじみた悪ふざけだろう。
こんなことを言えば、彼女は怯えるばかりだろうに――。
ひどく、ばかなことをしている。
なんだかばかばかしくなってきていたけれど、どうも引っ込みがつかなくなって、もう一度軽く首筋にキスしてから顔を上げた。
「ね、カナさん」
このままエッチでもしちゃおっか、なんて冗談でもかまそうかと思った俺だったが、彼女の顔を見てそのまま固まってしまった。
いつも冷静な瞳から、大粒の涙が零れていたのだ。
「カナ、さん……?」
泣かせてしまった。
ほんの少し、いじわるをするだけのつもりが――。
いつもどおり、何をするのかと冷静に突っ込まれるのかと思っていた。
それが、なんてことだろうか。
いつも冷静な彼女は大きな瞳から涙をぼろぼろと零し、白い喉を震わせて嗚咽まで漏らしている。涙はこめかみを伝って落ち、彼女の長い髪をどんどん濡らした。
「ご、めんなさ……」
ユウタ、ごめんなさい。
途切れ途切れに聞こえたのは、あろうことか謝罪だった。
残虐な気持ちはあっという間に消え失せてしまい、俺はがばりと起き上がった。
「うわ、違うんだ!謝らないで」
泣きじゃくるカナさんの手を取り、今度はやさしく起こす。
めちゃくちゃにしてやりたいなんていう残虐な気持ちは、すっかり消え失せてしまった。
しかし彼女の涙は止まる気配を見せず、シーツをどんどん濡らしてゆく。カナさんは必死で何か言おうとしているのだが、嗚咽がひどくて言葉にならないようだった。
正直、女の子を泣かせたのは初めてではない。
しかし、中條カナが泣かせたのは初めてだった。
冷静沈着、世界がひっくり返っても動じないとさえ思っていたのに――。
「ごめん!いいんだ、もういいから」
俺はどうすればいいのかわからず、カナさんの背中に腕を回して抱きしめた。
細い背中はひどく熱くて、それでも小さく震えていた。
ばかなことをしてしまった自分への後悔と、それとは違う妙な感覚が湧き上がる。
どうしよう、かわいい。
正直、このまま押し倒してしまえたら、なんて――最低なことを考えてしまった
男とは、本当にどうしようもない生き物である。